なぜ、ボランティア活動に携わっているのか 理由その2:家族の看病介護経験

  

そして、私は、就職しました。

 

しばらくは、仕事に集中しておりましたが、今まで元気だと思っていた家族が余命3か月の宣告を受けました。

 

「信じられない。奇跡が起こってほしい。」

「一日でも長く生きてほしい…。」

「もし、神様がいらしたら、私の命と引き換えでよいですから、どうか家族を一日でも長く

 生かせてやってください。どうかどうか、お願いします。」

 毎日、そのようにお祈りしながら、病院に泊まり込んで看病しました。

  

夜中は、病棟のわたり廊下の向こうにある外来棟で、待合の長椅子で他の家族と交代で仮眠。

 

日中は我慢していましたが、夜中の仮眠時間は、あふれる涙に我慢ができない時間でした。

だから、声をころして、毎日いっぱい泣きました。

 

それは、他の家族も同じでした。

日中はそれぞれが、いつか本人との別れがくるであろう辛さ悲しみと闘いながら、

しかし夜中、仮眠の交代の時間に長椅子に行くと、真っ暗闇の中で 

各自が声をころして、背中をゆらしながら泣いている姿を毎回見るのです。

私もそうでしたから、他の家族から同じように見られていたと思います。

 

家族同士が同じ気持ちであることを、

辛くても、辛いなどとお互いが言葉にも出せずに…。

 

なかなか寝ることができませんでした。

 

ショックで食べることもできませんでした。

 

結局、私達家族は、全員が点滴をしながら各自で体調管理をし、看病にあたりました。

 

でも、余命宣告を受けてから3か月後、

家族は、天国にいってしまいました。

 

ちょうど、本人が今の私の年齢のころでした。

 

その後、次は、祖母の介護が始まりました。

最初は在宅で、そして、病院へ。

 

私は長女です。

3~6カ月ごとに次々祖母の病院を探して転院。

 

そして、仕事の休みの日には、その探した病院へ

寝たきりの祖母の食事の世話に通ったこと、10年。

 

そして、祖母も天国にいってしまいました。

 

この次も、家族が倒れ、今度はひとりでの在宅での世話を経験しました。

  

族3人目の世話であり、もう、世話には慣れているはずなのに、

私は、ひとりで行うことに心身ともにまいってしまいました。

 

しかし、その中で、一番つらかったことは、

介護自体のことではありませんでした。

 

それは、介護者の方のほとんどの方が経験されていることで

同じ介護経験者にしか話さない内容のことです。

 

私は、 そのころ結局倒れて、救急車で運ばれ、

麻痺で寝たきりの状態を経験しました。

 

しかし、その後、その家族も元気になってくれ、私も長く通院していましたが、

今は、元気になり、日常生活を送っています。

 

このようなことから、家族の健康というものが、

いかに人の幸せに結びつくのかということを、

身を持って経験してきました。

 

「家族が元気で生きてくれている幸せ」

 

皆が元気であるうちは、いてくれて当たり前で、

なくしてみないとわからないことがあるかもしれません。

 

何もかも満ち足りていると、

人は、何が幸せなのかがわからなくなってくるようにも思います。

 

辛い思いをして、悲しい思いをして、

だからこそ、人の本当の痛みがわかるのではと思います。

 

私は、早くに家族との別れを経験したこともあり、

他のご家族は、どうかこのような経験はなさらないように、

いつまでも他のご家族はお幸せであるようにと思うようになりました。

 

その気持ちが、現在もボランティアに携わっていることや

自己の考え方に結びついています。

 

長文、お読みくださり、ありがとうございました。

 

あなたとあなたのご家族が、

いつまでもお元気でお幸せでいらっしゃいますように…。

 

 

 Wish