資格取得を続けてきた理由

   

 質疑応答の時間に、受講生の方から

「先生は、どうしてこんなにまで資格をとってきたのですか?」

訊かれることがよくありますので、下記に記載します。

  

現在も過去も今まで継続して研修をご依頼くださる事業所様が多かったため、

 指導内容に幅が必要であったこと。

 (各事業所の社員さん・職員さんも研修のたびに成長されますので、

  毎回、同じ内容の研修ばかりしていられない。

  講師として研修は、講演会とは異なり、毎回、その事業所独自の深い専門性が必要。

  

研修や講演で提供するにあたって、

 読書などの独学習得のスキルは、個人の認識が偏る危険性があること。

 

 講師として公の場所に立つ以上、あくまでも客観的な物事の判断が必要。

 なおかつ、そのスキルは、最高級のもので公的に認められたものこそが証になるという考え方から。

 

*特に接遇指導では、いろいろな見方・考え方での認識が必要であるため、

 一か所ではなく異なった主催団体から取得し

 (接遇<業種別>マナー、ビジネスマナー、作法、礼法、茶道すべて異なります。)

 同一団体主催の試験では、異なった資格で仕事に関連しているもの取得するようにしてきました。

  

③講師が指導できる内容として、全員の講師に対していえることは、

 自分が持っている能力以下だということです。

 

 自分ができていないのに、人に教えることはできないのです。

  

 そうなると、どうしても講師は最上級 1級レベルや指導者としての資格を持っていないと、

 受講生が身に付けることのできる能力に関わってきます。

 

 結果、受講生の皆さんがお客様に対応される質や顧客満足度にもかかわってくるということです。

  

 *このような理由から、講師は指導できる根拠として、取得資格や実務経験(講師経験ではなく

 現場の実務経験)提示しなければいけないというこの業界のルールがあります。

 

勉強するのに恵まれた環境ではなかったので、逆に勉強したいと思っていたこと。

プライベートな話ですが、私は20代前半から家族の看病や介護が始まりました。

そのころ、

「人生には、自分の力ではどうしようもできない環境や

 生まれてきた運命というものがあること」に私は気づきます。

 

 自分の力では変えることができない 生まれてきた環境。

 

 きっと私は、その中で自分自身を鍛え、

 その中で学ぶことを

 自分の人生の課題として、天から与えられたのかもしれません。

 

「仕事をしながら、家族の世話などが必要である与えられた環境の中で、

 少しでも自分の時間を使うことが許されるなら、

 の中で自分のやりたいことをする。」そう考えました。

  

 しかし、「それは何か。」と考えたとき、

 生活もしていかなければいけませんから、

仕事に関係のあることと、家族のためになることに絞る。」ということで

 自分自身の方向性が定まりました。

  

 そして、20代の私は、家族の介護をしながら一生懸命 勉強しました。

 

 最初は在宅介護でしたので、仕事から帰って家族の食事を作り、

 上げ膳据え膳をし、家族をお風呂に入れやり、少しうろうろと家の中を歩く家族をなだめ、

 家族が寝てから、夜の10時~夜中の2時までを自分の勉強する時間にあてていました。
 

 そして、家族が入院してからは、仕事が休みの日に食事の世話に行き、

 家族の食事~食事の合間時間や、夕食の食事の世話が終わってから

 勉強や習いごとをすることにしました。

 時間をふるに使い、寸時を惜しんで勉強していました。

 

自分の時間がほしい…。

 私も自分の意志で、自分の人生を歩みたい…。」と

 いつも満たされない環境やドライな気持ちがありました。

 

 しかし、その環境や思いが逆境となって、今まで私を動かしてきたのだと思います。